質問主意書
日本の水道普及率は、一九五〇年の約二十六%から現在は約九十八%まで達するとともに世界的にも高い水質を維持している。この成果は、国や自治体による公共事業としての水道サービスの提供と、約九十九・九%に達する高い水道料金の回収率あってのことといえる。水道法は、「清浄で豊富かつ低廉な水の供給を通じて、公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与する」ことを目的としており、公営水道が安定して高品質な水を供給することの重要性を強調している。
日本水道協会が二〇〇九年三月に出した「水道の安全保障に関する検討会」報告書でも、「水道は極めて公共財的性格が強い」としたうえで、①水は代替物が無く、食糧、エネルギーと並び、国家の安全保障にとって極めて重要なものである、②水道は国民の健康を維持し、公衆衛生の根幹を成すものである、③水道は国民生活、経済産業活動に不可欠なライフラインである、④水道は地域独占企業であり、他の企業に委ねることが出来ない、としている。同報告書では、これに基づき、水道事業の経営権、財産権を公が保持し、最終的な責任を公が負う形態を今後も維持すべきだと結論付けている。
しかし、二〇一八年に成立した改正水道法は、この報告書の立場から大きく離れるものとなった。この法律により、水道事業の運営を民間に委託する「コンセッション方式」導入の動きが加速しており、政府は、「PPP/PFI推進アクションプラン(令和五年改定版)」を策定し、「ウォーターPPP」として水道百件、工業用水道二十五件、下水道百件の合計二百二十五件についてコンセッション方式に段階的に移行することを目指している。加えて、今年度からは、厚生労働省が担ってきた水道行政が国土交通省に移管され、上下水道が一元化されることも、この施策の強い後押しとなっている。
民間企業の事業目的で優先されるものは利益であり、公益性の観点から見るなら利益バランス・採算性重視と引き換えに水道料金の高騰や水質の低下、災害対応上の懸念、財務管理の透明性確保の困難さなど、様々な問題を生じさせる可能性がある。このため、水道事業民間委託には、国民の不安の声が非常に強い。特に、宮城県では、民間共同出資による水道事業体「みずむすびマネジメントみやぎ」が水道事業運営権を獲得したが、この中にはフランスのヴェオリア・ジェネッツ社(以下「ヴェオリア社」という。)が議決権の過半数を持つなど、いわゆる「水メジャー」と呼ばれる外国企業が参入し、水道事業の支配権を掌中に収める状況が現実に出てきている。県は、民営化により三百三十七億円のコスト削減が可能で、低価格の水道供給につながるとしている。しかし、水量や水質に問題が発生した場合や不可抗力が生じた場合には県が増加費用を負担することが契約書に明記されており、事実上事業者主導で協議が行われることを懸念する声もある。
こうした状況が全国的に広がれば、運営が外資の意向に左右されかねないことから、国民の不安は、一層増大するであろう。
一方、フランス、イギリス、ドイツでは、水道利用料金の上昇や水質の低下など、民営化に伴う問題が顕在化しており、これらの国々では公営化への再転換を図る動きが見られる。特にイギリスでは、民営化された水道会社が経営に苦しんでおり、大雨時に未処理の下水を川に直接排出するケースが増えた結果、川の汚染が深刻化し、公衆衛生に対する懸念が高まっていることが報道されている。さらに、水道にかかわるPFI(民間資金と経営力を活用する公共事業)についても、会計検査院や下院による検証が行われ、その結果、財政節約の積極的な効果が認められず、PFIが水道サービスの質と効率性の向上に寄与していないとの見解が示されている。
これらの国際事例は、民営化が必ずしも公共サービスの改善に繋がらず、求められる質の確保について問題があることを示している。
水道事業は国家の経済的安全保障にとっても極めて重要なものである。しかしながら、近年の国際情勢や国民負担率の上昇、再エネ賦課金による電気料金の上昇、物価の高騰が国民を疲弊させている状況にある。さらに、地震や台風などの自然災害も頻発する状況に鑑みれば、水道事業の民営化はリスクを伴う。水道事業に関しては、国家の経済的安全保障と国民生活の維持を最優先に考え、従来通りの公営が望ましいと考える。
以上を踏まえ、質問する。
神谷宗幣(参政党)
水道は国民生活に不可欠なライフラインであり、国家の安全保障にとっても重要であるのに、「コンセッション方式」による水道事業の民間委託を導入するメリットはどこにあるのか。また、想定されるデメリットは何で、それをどう担保する考え方を持っているのか。特に供給価格の安定、水質の保全、確実な給水体制の確保や災害対応など国民へのサービス提供に係るあらゆる面についての影響を明らかにされたい。
政府
お尋ねの「メリット」については、水道施設の老朽化、人口減少による水道料金の収入の減少等が懸念される中で、民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用することにより、水道の基盤の強化が図られることが考えられる。
お尋ねの「デメリット」については、御指摘の「「コンセッション方式」による水道事業」の運営が適切に行われない場合、水道料金の急激な上昇、水質の低下及び給水体制の脆弱化が懸念されることや、災害時において水道事業の継続性が確保されないおそれがあることが考えられる。
水道料金の急激な上昇については、地方公共団体の長が公共施設等の管理者等(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(平成十一年法律第百十七号。以下「PFI法」という。)第二条第三項に規定する公共施設等の管理者等をいう。以下同じ。)に該当する場合には、PFI法第十八条第一項の規定により、条例の定めるところにより、PFI法第五条第一項に規定する実施方針を定めることとされており、PFI法第十八条第二項の規定により、当該条例には利用料金(PFI法第二条第六項に規定する利用料金をいう。以下同じ。)に関する事項を定めるものとされている。その上で、「公共施設等運営権及び公共施設等運営事業に関するガイドライン」(令和五年六月内閣府改定)において、「実施方針に運営権に関する公共施設等の利用料金に関する事項を定める場合には、・・・適切な利用料金の上限、幅などについて規定する」と規定されているところ、水道施設運営権者(水道法(昭和三十二年法律第百七十七号。以下「法」という。)第二十四条の四第三項に規定する水道施設運営権者をいう。以下同じ。)は、PFI法第九条第四号に規定する公共施設等運営権者として、PFI法第二十三条第二項の規定により、当該実施方針に従い、利用料金を定めるものとされていることから、水道料金の急激な上昇が抑制されると考える。
水質の低下については、水道事業者(法第三条第五項に規定する水道事業者をいう。以下同じ。)は、法第四条第一項の規定により、水道により供給される水について、同項各号に掲げる要件を備えるものとしなければならないこととされており、水道事業者である地方公共団体の長は、公共施設等の管理者等として、PFI法第二十八条の規定により、水道施設運営等事業(法第二十四条の四第一項に規定する水道施設運営等事業をいう。)の適正を期するため、水道施設運営権者に対して、その業務若しくは経理の状況に関し報告を求め、実地について調査し、又は必要な指示をすることができるとされているところ、水道事業者である地方公共団体の長が、必要に応じて水質に関する調査等を行うことにより、必要な要件を満たす水質が確保されると考える。
給水体制の脆弱化については、水道事業者である地方公共団体は、水道施設運営権(法第二十四条の四第一項に規定する水道施設運営権をいう。以下同じ。)を設定する場合であっても、法第十五条第二項の規定により、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならないことから、水道事業者である地方公共団体の長が、公共施設等の管理者等として、PFI法第二十八条の規定により、必要に応じて給水体制に関する調査等を行うことにより、確実な給水体制の確保が図られると考える。
災害時における水道事業の継続性については、水道事業者である地方公共団体が、水道施設運営権を設定しようとするときは、法第二十四条の五第一項の規定により、災害その他非常の場合における水道事業の継続のための措置を記載した水道施設運営等事業実施計画書を国土交通大臣に提出しなければならず、また、法第二十四条の六第一項の規定により、同大臣は、当該計画が確実かつ合理的であると認めるときでなければ、許可を与えてはならないとされていることから、災害時においても必要な対応が行われると考える。
神谷宗幣(参政党)
宮城県での事例のように民間委託された水道事業における外資系企業が過半数の議決権を持つことによるリスク、経済安全保障上の観点からの得失について、政府はどう考えるか。また、現在、外資系企業が水道事業に参入している自治体について、政府は全て把握しているか、具体的な自治体名を示されたい。
政府
前段のお尋ねについては、御指摘の「外資系企業」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、外国企業が水道施設運営権者に一定以上の出資を行うことによるリスク及びお尋ねの「経済安全保障上の観点からの得失」については、政府として特段検討を行っていない。
また、後段のお尋ねについては、外国企業がお尋ねの「水道事業に参入している」かどうか等について、政府として網羅的に把握していない。
神谷宗幣(参政党)
二〇一八年の国会審議において、ヴェオリア社の日本法人から内閣府への社員の出向の事実が指摘された。また、官房長官補佐官がフランスへの出張時に、ヴェオリア社の副社長と食事をし、同じく水メジャーであるスエズ・エンバイロメント社から、移動用の車を提供されたりするなど、利益供与の疑念が指摘されていた。後に宮城県のコンセッション方式において、ヴェオリア社が支配株主となっている状況下で、このような疑念は重大であり、こうした官民癒着と見られかねない状況を政府はどう評価しているのか。
政府
御指摘の「ヴェオリア社の日本法人から内閣府への社員の出向」については、特定事業(PFI法第二条第二項に規定する特定事業をいう。以下同じ。)を推進するに当たり、必要な専門的知識及び能力を有する人材が不可欠であったところ、公募により非常勤職員として御指摘の「ヴェオリア社の日本法人」の社員を採用したものである。また、御指摘の「ヴェオリア社の副社長」との「食事」については、福田隆之内閣府大臣補佐官(当時)が自己の飲食に要する費用を自ら負担したものであり、また、御指摘の「スエズ・エンバイロメント社」の「移動用の車」の「提供」については、視察先の周囲の交通事情を踏まえ効率的に視察を行うために利用したものであり、「利益供与」及び「官民癒着」との御指摘は当たらないと考える。
神谷宗幣(参政党)
政府は、外資系企業の水道事業へ参加することによる国民の水へのアクセス、水質保持、そして料金設定の上でマイナスとなる影響を及ぼす可能性を考えていないのか。フランス、イギリス、ドイツの民営化では結局、利用料金の上昇や水質の低下が指摘されたことから、公営に戻る方向を進めつつあるところ、こうした国の企業が日本の水道事業に参画し、なかんずく支配株主になる状況は国民の利益の観点で決して望ましくないと思うのが普通のはずだが、政府はそれでも問題ないとするのか。
政府
前段のお尋ねについては、政府としては、法を始めとする関係法令の規定により、清浄にして豊富低廉な水の安定供給が確保されると考えていることから、御指摘のような「マイナスとなる影響を及ぼす可能性」は想定していない。
後段のお尋ねについては、海外の事例も参考に、水道法の一部を改正する法律(平成三十年法律第九十二号。以下「一部改正法」という。)等により、官民連携の推進等による水道の基盤の強化を図ったところであり、御指摘の「問題」はないと考える。
神谷宗幣(参政党)
イギリスの研究機関PSIRU(Public Services International Research Unit)の報告によると、二〇〇〇年から二〇一五年の間に世界で水道の再公営化が加速し、その理由として、水道料金の高騰、民間企業による財務透明性の欠如、人員削減による水質やサービスの質の低下などの問題が指摘されている。政府は、英国等での経験に照らして、我が国ではこのような問題が生じないようにする対策を検討する考えはあるのか。
政府
お尋ねについては、海外の事例も参考に、一部改正法等により、官民連携の推進等による水道の基盤の強化を図ったところであり、必要な対応が行われていると考えている。
神谷宗幣(参政党)
水道を含む公共事業の民営化には様々な課題があり、談合排除や高水準の水質の確保のための最低価格落札方式だけでは不十分という指摘があるが、政府はどう考えるか。
政府
御指摘の「公共事業の民営化」の意味するところが必ずしも明らかではないが、仮に、一で御指摘の「コンセッション方式」による「民間委託」を意味するものであるとすれば、「地方公共団体におけるPFI事業について」(平成十二年三月二十九日付け自治画第六十七号自治事務次官通知)において、特定事業を実施する民間事業者の選定に当たっては、地方自治法施行令(昭和二十二年政令第十六号)第百六十七条の十の二第三項に規定する総合評価一般競争入札の活用を図ることとされており、「最低価格落札方式だけ」ではなく、御指摘は当たらない。